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B side of Ichiro S.

Ichiro S's photologのB面

自分の写真がちっとも好きになれないという話

Otatu / Hokkaido, Jul 2013, Coolpix A

 

「良い写真」って何だろう?みたいなテーマを扱いたいなぁと思いつつも、自分如きがそんな究極的なテーマに言及するなんて恐れ多くて日和ってるichiro_sです。こんばんは。

 

唐突ですが、皆さんは自分の撮った写真が好きだと胸を張って言えますか?

私は言えません。寧ろ苦手と言った方が良いかもしれません。

 

私にとって写真は、等身大の自分を強く投影した物である場合が多いんです。私が自分の写真を観察するという行為は、大袈裟な言い方をしてしまうと、自分の内蔵の様なグロい部分、卑しい自分、愚かな自分...などといった、ありのままの自分を直視する事と等価なのです。

従って、自分の写真をじっと眺めていると気持ち悪くなったり、嫌悪感すら沸いてしまったりするのです。

 

なので、グループ展のセレクションなど、やむを得ず自分の写真と正面から向き合わなければならない場合は、なるべく写真作品として観ずに作例(撮影技術や機材の善し悪しの判断材料)として観るようにしてます。

 

じゃあブログは?

これは不思議なのですが、撮ったばかりの写真をピックアップして、ブログに投稿するまでの間は不思議とそういった感情が生まれないのです。

撮影が終わった段階から「あの時撮ったあれを載せよう」というイメージがある程度潜在意識にあるのかもしれません。

 

そもそも苦手な写真をなんで公開してるの?とか、なんで写真趣味が続いているの?とか、その辺は正直良くわかっていません。

だって、どう考えても偏屈ですよね?自分が表現しようとした物が気に入らないのに写真という表現手段を継続しているなんて自己矛盾以外の何物でも無いですからね。

 

もしかしたら、その自己矛盾を解く為に自分が写真で何を表現したいか?という答えを求めて写真を撮り続けているのかもしれません。

 

以上、タカヒロさん(id:takahiro91)の、このエントリのコメント欄から派生したお話でした。

”良い写真論”の話はまだ考えがまとまりそうに無いのでまたいずれ...