アンリ・カルティエ=ブレッソン 『ランドスケープ 二度とない風景』
今回はアンリ・カルティエ=ブレッソンのLandscape、邦題:二度とない風景をご紹介します。
ブレッソンといえば「決定的瞬間」というフレーズで有名な泣く子も黙るスナップの達人です。ライカファンにはおなじみの写真家でしょう。
彼の写真にはまるで演出したかのようなフォトジェニックな瞬間が収まっています。これは長年かけて彼が編み出し磨いた撮影技術による賜物とも言えます。
ブレッソンは基本的にインタビュー嫌いとして知られており、自らの撮影方法や機材などについての情報は決して多くはないのですが、広く知られているところでは
- カメラは初期はバルナック型ライカ(A型〜IIIfあたり)、M3型を手にしてからはほぼM3のみ
- レンズは基本的に50mm。エルマーもしくはズマリットを使用していたらしい。
- 撮影時はレンズ1本のみ。交換はしない。
- 露出計は使わない。晴れの日はF8、SS1/125、ピントは10ft=約5m固定。
といったところです。
これらを踏まえると、如何に瞬間的にシャッターを切ることが出来るか?という事を強く意識していることがうかがえます。
ブレッソンと同行した事のある人々が口を揃えて言うことは、彼がいつ写真を撮っているのか分からないという事だったそうです。彼は自らが撮影していることを悟られることを嫌い、撮影時に気を遣うことは勿論、自らが写真に写ったりテレビに出ることを強く拒んだほどの拘りようだったようです。
彼の拘りは機材にも及びます。
ブレッソンの代表的な愛機と言えばブラックペイントのライカM3ですが、元々M3にはブラックボディは存在しませんでした。そこで彼は街中で目立つシルバーボディにパーマセルテープ(暗室器具やカメラボディの補修用に光を遮断するための黒いテープ)をぐるぐる巻きにして黒い状態にして使っていたそうです。これを見かねたLeitz社が、ブレッソンのためにブラックペイントボディを制作し、プレゼントしたという逸話が残っています。
そこまで気配を消して街や風景と同化することで、ブレッソンは普段我々が目にする当たり前の生活や風景をそのまま写真に残すことに成功します。写真を撮る方であればおわかりだと思いますが、人はレンズを向けられると自然な表情や行動を躊躇いがちになってしまうので、当たり前の風景を切りとるのは想像以上に難しいものです。
ブレッソンが切りとった風景はその自然さだけでなく、幾何学的で美しいフレーミング、まるで次の瞬間を予測したかのようなタイミングの良さ、その写真を撮った場面の空気感などが見事に調和して1枚の写真に収まります。そしてこれらの写真の最も素晴らしいところは、大がかりな機材や助手などを一切使わず、全て「カメラ1台とレンズ1本によるスナップ」というスタイルを貫いている点です。平たく言うと、どの作品も我々でも撮れるはずの写真なんです。
写真芸術が難しいものだと感じてる人にこそ、まずは観てもらいたい写真家の一人です。
今回ご紹介した、『ランドスケープ 二度とない風景』は99年に行われた彼の写真展で用いられた作品を収めた作品集になります。本人自身が選んだベスト盤といった趣で、ストーリー性はありませんが珠玉の名作が沢山収められています。残念ながら2013年4月現在ではデッドストックと化しているようですが、ブレッソンの写真をまず観たいとい方は、比較的入手しやすいこちらが良いかとおもいます。
Henri Cartier-Bresson (Masters of Photography Series)
- 作者: Henri Cartier-Bresson
- 出版社/メーカー: Aperture
- 発売日: 1997/09
- メディア: ハードカバー
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また、ブレッソンの撮影技術や写真論を知りたい方は、こちらの本がとても参考になると思います。(私も自分の写真がスランプに陥ったときに、度々読み返してます。)
- 作者: クレマン・シェルー,伊藤俊治,遠藤ゆかり
- 出版社/メーカー: 創元社
- 発売日: 2009/04/14
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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上記本にはブレッソンが残した格言が収められていますが、ブレッソンの写真に対する考え方を紐解くヒントとなるいくつかの言葉を紹介します。
- 私にとって写真は「永続する」視覚的注意からくる本能的な衝動で、瞬間と永遠を捉えるものである
- 出来の良い写真と平凡な写真の違いは1ミリメートルの問題だ。小さな、ほんとうに小さな違いだが、それが重要なのだ。
- 私が愛着をいだいているのは、2分間以上人が見ることのできる写真だ。
- 写真は撮られるがいなや過去のもになる。それが人生・・・
手元に置いておける作品集もよいですが、機会があれば是非ギャラリーで生のシルバープリントを味わってみて下さい。